歴史のオマケ:8

地蔵/1

路傍の神様と言えばお地蔵さんと道祖神がまず思い付く。
正式名称を「地蔵菩薩」というお地蔵さん。菩薩とは端的に言えば「仏に準じた存在」のこと。
したがって「仏に次ぐ存在」「仏とだいたい同じに扱われる存在」が菩薩である。
地蔵菩薩は仏になるだけの実力を充分お持ちであるが、なおかつ仏にならずに
菩薩のままでおられる方であるともいう(何のコッチャ)。では、何故お地蔵さんは
仏になろうとしないのか?答えは仏には3つの不可能がある。
そのうち、第3の「定業を転ずる事」は仏だけでなく菩薩にもできないことである。
例えば醜女に生まれた者を美女にすることは仏にも菩薩にもできかねることである。

何故なら、それは前世からの宿業によるものだからである。
しかし、第1・2の「無縁の衆生を度すること」と「衆生界をつくすこと」は仏には
不可能であっても菩薩には可能なのであるという。菩薩であれば無縁の衆生を
救うことができる。何故なら、菩薩は現にこの娑婆世界にあって活躍されているからである。
遠い真理の世界に消え去った仏にはできない仕事、衆生の救済をするために
ワザワザこの娑婆世界に留まっているのが地蔵菩薩なのである。
だから人々が集まる路傍にいつしかお地蔵さんが祀られるのだと思う。

道祖神は日本の民間信仰のひとつである。しかし、神社に祀られることなく
聚落の辻(この言葉も死語になった。要は道路の分かれ道のこと)や集落の境など
の路傍に風雨やほこりにまみれたままひっそりと立っている不思議な神様である。
その形はさまざまで石碑、丸石、男女和合の神像などがあり「道祖神」「サヘノカミ」
「ちまたの神」または「道ろく神」などとも呼ばれ、名前もご神体もばらばらの神様である。
その成立については現在も謎に包まれたままである。

一般的には道祖神は道行く人を災いから守り、その地域の村人や子供達を守り、
悪疫悪霊に立ち向かう神として祀られている。しかし、その信仰の実態は家内安全から
商売繁盛、旅行安全、防災、縁結び、夫婦の性的和合から子供の神様であり、
民間信仰の対象として万能の神様でもある。古老の教えでは道行く人は
道祖神に差し掛かかった時は必ず礼拝するか、会釈をして通り過ぎなければいけないと
される点では何処でも一致している。それは道祖神の恩恵は誰にもでも
平等に及ぶという博愛への感謝の表れでもある。神社仏閣の中に神仏が閉じ込められ、
信者以外は敵として排撃する近代宗教への痛烈なアンチテーゼなのかもしれない。

道祖神で記銘のあるものの内、最も古くて歴史的なものされるのは
山梨市堀之内にあるもので「奉納万治三庚子年二月日」と刻まれている。
1660年の建祠である。また木祠型道祖神は路傍では保存が難しく数は少ない。
社殿造りで彫刻の優れたものとしては甲府市御岳町金桜神社参道入り口にある
高さ1m余で屋根は銅板葺きという道祖神があるという。名古屋市内では
「道祖神を見た」という話を聞かないので現物を見ることは多分ないであろう
(昔、三河の奥へ渓流釣りに行った際、長野県で何体か見たことがある)。
しかたがないので私はちょっと珍しい馬頭観音でもコツコツと集めてみようかな。
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写真1:太子堂の傍らに朝日にあたった地蔵がいた。
訪れる人もそんなにいないのにぽっちゃり丸顔のやさしい顔だちをしていた。
(熱田区聖徳寺
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写真2:仏様の団体の脇にいた寂しげな地蔵。
こんな時世、何を思うのか。
(熱田区大瀬子町界隈
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写真3:尼学校の入口脇にあった年代物の地蔵。
誰でもお参りができるようにと数珠が置いてあるところが尼寺らしい。
(千種区正法寺
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写真4:『名古屋巡礼記』を書こうとしなければ絶対に訪れることの
なかった寺がこの寺。この地蔵も見ることなかったはずだ。
(昭和区称名寺
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写真5:金儲けの上手いとこは地蔵の配置でも他とは違って群を抜いている。
このさり気なさが心を揺さぶるんだ。
(中区陽秀院
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写真6:ここも結構配置に気を配っているみたい。
さり気なさに計算された美しさを見た。山門をくぐって左側にある。
(中区長松院
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写真7:お揃いの前掛けを付けて一点を見つめた地蔵達。
今はもう本堂すらない廃寺の横に残っていた。
(東区東桜2丁目界隈
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by TOMHANA193 | 2010-03-02 11:39


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