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名古屋見聞録:22

風来坊

名古屋で手羽先といえばスパイシーでしかもパリッと揚げた唐揚げ手羽先のこと。
誰も中華料理に出てくるような柔らかくてベトベト手にくっつくような手羽先は
想像しないと言っていい。この手羽先が名古屋名物として語られるようになったのは
「風来坊」の大坪会長が昭和38年に手羽先の唐揚げを完成させたことから始まる。
もともとあまり食べられることがなかった鶏の手羽先をどうやったら
美味しく食べられるのか、試行錯誤の上に完成させたのがこの味だったという訳。

パリッと香ばしい皮、この食感の秘密は手羽先を2度揚げすることにある。
最初は150度の低温でじっくり揚げ、次に180〜190度の高温でパリっと仕上げるのが
ミソだとか。そして「風来坊」の手羽先の味を決めるのはスパイシーな独特のタレ。
門外不出のこの味については詳しくは判らないが、醤油、味醂にニンニクの
スライスなどが入り、約1ヶ月間寝かせてから使うとか。
このタレを揚げたての手羽先両面に塗り、塩・コショー・旨味調味料を手早く振り、
最後に白ごまをかけて出来上がりという訳だ。

手羽先といえば鶏肉の羽の付け根にあたるところ。よく動かす部位で
1羽あたり2つしか取れない。本来手羽先は食べるところが少ないためダシを取るのに
使っても商品として出されることはなく大量に捨てられていた部分だという。
全国的にも有名な鶏の産地である名古屋(名古屋コーチンという名前ぐらいは
聞いたことあるはずだ)。またケチでしかも合理的という土地柄でもある。
味のよさはピカイチと判っていた手羽先を捨てるのはもったいない。
名古屋人なら誰でも考え付くような発想で出来た手羽先唐揚げ。

その手羽先の知られざる味の決め手は何とサイズにあるという。「風来坊」の手羽先は
若鶏の手羽先で小さめであり、1本の長さ約7cm、重さ30g程のものと決められている。
何故なら手羽先が大きすぎてはタレの味と肉の厚みのバランスが崩れてしまうから。
「風来坊」が大量に扱うため国産では間に合わなくなってしまった手羽先を
今では商社を通じて外国から輸入。厳重な品質および鮮度管理であの味を
守っているという「ホントかな?」という話も伝わっている。

同じような手法の手羽先を出す店は名古屋にそれこそ腐るほどあるが、
その中で何といっても「風来坊」と「世界の山ちゃん」が双璧との声が
名古屋の巷にコダマしている、はず。余談だが、真の名古屋人は「専門店ではない
ただの居酒屋の手羽先なんか喰えたもんじゃない!」という奢った意識が心の奥深くに
脈々と息づいている。何故なら専門店では手羽先の空揚げに使う油と他の炒めモンや
揚げモンに使う油とは歴然と分けられてると信じられているから。
手羽先使う油は普通の油に何か特別なものが加わっている。

特別な何か、それだから香ばしい皮とコリコリとした軟骨、そして白ごまの風味。
口に入れると小さな手羽先からは思いもつかない肉の旨さと刺激的なタレが
ジュワッと(もうダメ)口中に広がるんだと信じられている。ちなみに、真の名古屋人
である私は店に入ると何をさておき手羽先をまず注文する(注文した時の
店の状態にもよるが最低でも5分は待たなければならないから)。
それからおもむろに席につき(私は決まってカウンター)熱いおしぼりで顔を拭く
(手はそれから)。これが私のスタイルだった。

ここらで「風来坊」と「世界の山ちゃん」どちらが私の好みなのか、そろそろ発表する番だ。
前置きなく私はズバリ風来坊だ。まず、初めて食べた専門店の手羽先が風来坊
(確か御器所店、といっても駅から200mも離れたこんな店をどうして知ったのか
今となっては謎だが)で、しばらく通ってその味に慣れたから。
そして風来坊の味を知ってから10年以上も経ったある日「世界の山ちゃん」の
暖簾をくぐった。入った瞬間「ここは大勢で飲み会をやる店だな」と
嫌な予感が働いた(何にも考えていない若者がドンチャン騒ぎして憂さを晴らす店。
当然、私にとっては印象が悪い)。

いつものように手羽先を注文する。しばらくして手羽先が出てきた。
無造作に積まれた手羽先を見て「数が合っているからいいという問題じゃないぞ」と
思った(1日の仕事が終わって「さあ、明日も頑張ろうか」と充電している大人達の
せめてもの楽しみがこれかよ。当然、私にとっては我慢できないこと)。
しかたなく手羽先を1コ口に入れると「やっぱり、こんなにコショウ辛くては…」そう言って
ペロリと全部食べて店を出た。「やっぱ、手羽先は風来坊だな」という言葉を残して。

しかし名古屋の手羽先業界の動向を見ると、ハッキリいって「世界の山ちゃん」の圧勝、
ひとり完勝の感がある。いわゆる、あのロゴと変な鳥が巷に溢れている。
何故「風来坊」は負けたのか。味でないことは確かだが何があったのか。
考えてみると、風来坊はフランチャイズ方式のため、お店によってはメニューも違えば
店の雰囲気や接客などのサービスにもバラツキがある。また味にも直営店でないので
何かしら問題があるようで、めちゃくちゃ旨い店があるかと思えば
肉がパサパサでぜんぜん旨くない店があるのも事実。

そして何より風来坊という店のありかたに問題があると思う。
風来坊はコンパする若者や会社員がターゲットの店でなく、家族連れで熱ったかく
夕食を食べるところという古いイメージがある。そして名古屋の手羽先自体が
「酒の飲めない人には欲求不満が溜まるんじゃないか」という食べ物だというのも事実。
何故ならコショー辛くて味が濃く、手でしゃぶりついてでないと食べれない手羽先は
お箸を使ってご飯と一緒に食べる食事の友には非常に不自然。
これでは始めから勝敗は見えたようなもの。
 
この点は「手羽先は大人の食べ物なんだからご飯のおかずはあきらめよ!」
という人もいるようだ。何故なら手羽先には強力なパートナーがいるのだ。
ここで私の場合(念のため脳梗塞に倒れる前のことと断っておく)を話そう。
まず手羽先屋には基本的に1人で入る。手羽先なんて何にも嬉しい時とか
仕事が上手くいった時に特別に食べたい物じゃないんだから静かに1人、これがモットー。
暖簾をくぐってまっ先に「手羽5ね!」と身近にいる従業員にまずオーダーを通す
(真の名古屋人にとって手羽先の1人前や2人前、1人で食べる量だとは思っていない)。
そうしておいておもむろに席を探す。

所定のカウンターにつくと従業員が口取りとおしぼりを持ってくる。
熱いおしぼりで顔をぬぐって「瓶ビールね」とこれまた飲み物を通す。
手羽先が出てくるのを待ちながら食べたくもない口取りでビールを飲む。
1杯、2杯、3杯、ジワ〜とビールが胃壁に染込んでいく。ここら辺までくると落ち着いて
店の中を見渡す余裕が出てくる。最初のビールをのみ終わる頃、やっと手羽先5人前が
大皿に向きを揃えて整然と並んで出てくる。5人前となると壮観だ。2本目のビールを
注文しておもむろに今夜のメインデッシュである手羽先を手掴みで頬張り始める。

とにかくこの手羽先、瓶ビール(生ビールでは苦味が弱くて対抗できないし、
他の洋酒となると「ウ〜ン」と唸るしかない)との相性抜群なのだ。フウフウ言うほど
熱くてそれでいて中はジューシー、そんな鶏肉にピリリと甘辛いタレが効いていて
口に入れると小さな手羽先からは思いもつかない程の旨さが口中に広がる。
コリコリした軟骨も何とも言えない。そんなモロモロをビールでグッと流し込む快感は
それこそ病みつきになるシチュエーションなのだ。

そして、出された手羽先(軟骨を含めて)を残すことなく全部平らげ、
瓶ビールも2本ほど堪能して今夜の遠征は終了。何もなかったように自宅に帰り、
遅ればせながらのいつもの夕飯につく。まぁ、こんな感じかな。
しかし、こんなことやってたからじゃないとは思うが3年前の冬、脳梗塞で倒れてしまった。
「私に隠れてあんな片寄った食生活を送っているから、こうなったんだ」と
妻に散々攻められても返す言葉がない。「あ〜あ」と後悔しても始まらないって言うの。
それにしても「あの手羽先は絶品だったな」とひとり呟くしかない。オシマイ
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写真1:知らないアイダにこんなオシャレな店ができていた。
といっても、しょせん手羽先屋「風来坊」だ、何にもビビルことない。
by tomhana193 | 2005-12-19 18:30


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