歴史のオマケ:13

百度石/1

特定の神仏に百度参詣して祈願すること、それが百度詣りだ。
百度詣りの文献上の初出は1110年3月18日の条の山城賀茂社への百度詣りの記載であり、
だいたい平安末頃にはこの習俗が始まったといわれている。初めは貴族などの
上流階級によって行なわれていたようだが中世以降は一般民衆の間にも普及し、
個人的に特別な祈願をする場合によく行なわれた。百度詣りは元来は村の鎮守や
霊験あらたかとされた神仏へ百日間に渡って参詣するものであり、百日詣ともいわれた。

後に一日に百回参詣するように簡略化された。これは百社詣りと
ほぼ同一の信仰心理に基づく習俗で、たった一度よりも百度も参詣することで
自分の信仰心の篤さや祈願の切実なることを強く訴え、神仏の加護や霊験をより
多く得ようとしたのである。社寺の側でも百度詣りを簡便にして貰うために境内や門などに
百度石を立て本堂や拝殿との間を往復参拝できるようにした。
以前は竹串やこより等によって数えていたが今ではお賽銭に入れる硬貨を100枚用意して
数える方法や百度石にカウント用の数字を刻んだ円盤状の石で数える場合もあるという。
また数取りのための掛札をかけたりもしている。

この百度詣り、人目に触れないように行ったり、裸足で行ったりした方が
効果が大きいと信じられた。さらに呪法的になるとお百度を人に見られては
効果がなくなると考えて夜間人目を避けてこっそり行う人もいたという。
百度詣りは俗に「お百度を踏む」ともいわれている。またこんな話もある。

「鳥居のそばに百度石という道祖神のごとき石がある。
Qさんによると、これに手を置きながら石のまわりを百度まわると御利益があるそうだ。
どのような御利益があるかは不明だが。あるいは百度石の「ひゃくど」とはヘブライ語の
「ヤークーム・ダーニ」が訛ったものかもしれない。すなわち、「裁きの立石」。
古代ユダヤの民はキリスト教徒が聖書に手をのせて宣誓するように聖なる石に
手を置いてから真実を語ったという。それがこの石だったのではないか。
やがて年月は流れ、その真意は失われたがこの石に手を置くことだけが伝えられた。
そう考えると辻褄が合う」と何とも突拍子もないことを考える人が世の中にはいるもんだ。
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写真1:寺のあちこちにへちまがぶら下がっている。
この寺、へちま薬師として疝痛の病苦を救う誓願ありとお参り客が多い。
(東区東充寺
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写真2:駄菓子問屋街にひっそりと隠れるようにしてあった
名もなき神社。その入口にこれはあった。
(西区明道町界隈
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写真3:真新しい感じの八角形の百度石。余りに新しいもんだから
御利益がないように思った。日本人のこの感覚は外国人には判らない。
(西区伊奴神社
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写真4:地下鉄「大曽根」駅の近くにあった地図にも載ってない
お寺にコレはあった。しかし、本堂は暴力団の組長の家みたいだった。
(北区山田町界隈
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写真5:百度石に注連縄が付けてあるのはここが初めて。
名古屋城鬼門の守護神として祀られたこの神社。しっとりと落ち着いていた。
(北区山田天満宮
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写真6:円筒形の百度石もあるようでしかし珍しい。
この字を見ているとますます愛着が沸いてくるような気がする。
(西区名塚白山社
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写真7:信長の時代、安井城を築く際に護神として
勧請したのがここお福稲荷。安井城はこの神社の西南に位置し、
当時は相当な館であったという。
(北区お福稲荷
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by tomhana193 | 2005-12-20 15:52


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