歴史のオマケ:23

神使/1

ものの本によると「日本人の場合、一般に「お稲荷さん」といえば何の躊躇もな
く「狐」の姿が浮かぶようだ。しかし、狐はあくまで稲荷大神のお使いであって
神様そのものではない。他にも伊勢神宮の鶏、八幡神社の鳩
(この地方にはあんまりいないが)、春日神社の鹿、天神社の牛、松尾社の亀、
三嶋社の鰻、弁天社の蛇とイロイロな例を挙げることができる。
その中で最も有名な神様のお使い(神使(しんし)とか眷属(けんぞく)などと呼ばれた
霊獣だそうだ)は何といっても稲荷社にとっての狐だ。

この神様のお使いである神使については一社に2つの動物が神使として
当てられている場合や反対に一つの動物が別の異なる神社の神使とされている場合が
あったりと様々だが、それぞれの神社ごとの由緒や故事などによって
関りの深い鳥獣虫魚が当てられてきたようだ。これは中世の時代に人間が持っている
様々な欲望を直接神様に祈願するのは畏れ多いとして、特別に選ばれた動物を通して
お願いすることが広く行われたことによるものという。

狐が神様のお使いとして選ばれたのは稲荷大神が農業神であることと深く結びついている。
民族学者の柳田邦男も指摘しているように、日本人には古くから神道の原形として
「山の神・田の神」の信仰があった。これは春になると山の神が山から里へ降りて来て
田の神となって稲の生育を守護し、そして収穫が終えた秋には山へ帰って山の神と
なるという信仰だ。狐も農事の始まる初午の頃(通常は2月下旬から3月中旬の間)から
収穫の終わる秋まで人里に姿を見せ、田の神が山へ帰ったとされた頃には同じように山へ戻る。

このように神道の原形である田の神・山の神と同じ時期に姿を見せる狐の行動から
狐が神使とされるようになったと考えられている。この狐が稲荷大神のご祭神と混
同されるようになったのは平安時代以降の神仏習合により、稲荷大神が仏教の守護神、
茶枳尼天(だきにてん)の垂迹(すいじゃく/仏は人間を救うため、
仮に神の姿に変じて現れたものとする説)とされたから。茶枳尼天はまたの名を
白晨狐菩薩(びゃくしんこぼさつ)といい狐の精とされた。

このことからいつの間にか一般民衆の間では稲荷大神のご祭神と狐が混同して
理解されてしまったようだ。また稲荷大神の別名である御饌津神(みけつがみ)の「ミケツ」が
混同されて、三狐神(みけつがみ)と記されたことも一因と考えられる。
そもそも御饌津神とは文字通り「御(=尊称)饌(=食物)津(=の)神」で、
食物を司る神を意味しているだけで狐とは全く関係ない。

稲荷大神の信仰の起源は古く、しかも稲作文化を育ててきた日本人に最も親しみやすい
神様として永く崇敬されてきただけに、途中に様々な迷信や俗信、
はたまた誤解が生じたり無理矢理こじつけたこともあったと思われ、
いつしか「お稲荷さん」といえば狐と赤い鳥居のイメージが定着したようだ。
狐は稲荷社では善の神使であり、民話では多くの人を化かすという悪の神使でもある」
とある。難し過ぎて私の頭ではイマイチよく判らないが、まぁいいとしようか。
e0093719_1049185.jpg
写真1:ちょっと見オドロオドロしいお狐様。
ナントもキミの悪い片目のジョ−みたいな狐だった。
(西区伊奴神社
e0093719_10491855.jpg
写真2:何とも稚拙で評価のしようのない狐。
しかし目の周りがクッキリとして愛嬌があって面白い。
(北区深島神社
e0093719_10493468.jpg
写真3:個人の会社の駐車場の一角に勝手に割いて
祀ってあった名も知らぬ稲荷社の狐。
(中川区六番町界隈
e0093719_10494871.jpg
写真4:「カラスに気をつけろ!」という看板が
妙に説得力があった巷のお狐様。
(中区山賀稲荷
e0093719_1050377.jpg
写真5:大須のド真ん中にある浅間神社に祀られていたお狐様。
(中区ねき稲荷
e0093719_10502141.jpg
写真6:万松寺というバリバリの寺に何故か併設されていた稲荷社のトボケた狐。
(中区白雪稲荷
e0093719_10503665.jpg
写真7:これは別格。滋賀県多賀大社にいた狐。心なしか貴い感じがした。
(滋賀県多賀町金咲稲荷
[PR]
by tomhana193 | 2005-12-21 10:56


<< 歴史のオマケ:25 歴史のオマケ:21 >>