GOB備忘録:12

MY HERO:1 フレディー・キング

あっという間に駆け抜けていったブルース界の巨人

Freddie King(本名:Freddie Christian)というブルースマンをご存知だろうか。
一般的にとブルースギタリストとしての評価が高いようだが、
私から言わせてもらうならそれ以上にブルースシンガーとしての才能を遺憾なく発揮した
真のブルースマンだといえると思う。生まれ育ちはテキサスだがミュージシャンとしての彼は
シカゴで成長した。彼のギタースタイルは田舎と都会の影響が混ざり合ったものだった。
彼は子供の頃からライトニン・ホプキンスなどの伝説的なカントリーブルースギタリストを
聞いて育ったという。1950年彼が16歳の時、彼の家族はシカゴに移った。
彼はマディー・ウォーターズ、ジミー・ロジャースといったミシシッピーデルタの
ルーツブルースマン達のような都会的な刺すようなギターワークが鳴り響くクラブに
入り浸るようになった。彼は1950年代に初めてレコーディングを経験した。
それから60年代初期に多数のインストゥルメンタル・ソングを世に出した。
そのうちの1つ「Hide Away」は1961年のビルボードチャートで29位にランクされ、
かつてレコーディングされた中で最も有名なブルースのインストゥルメンタル・ソングになった。

そしてこの曲は彼のギターの才能はもちろんブルースやロック、R&Bを下地とした
キャッチィ−なテーマの創作力を示す好例となった。60年代初期のビュンと鳴る
ギターインストゥメンタル人気のお陰で彼はブルースからR&B、ロック調のブルースへと
自由に移行することが出来た。60年代後半にはエリック・クラプトンなどの
イギリスの白人ブルース・ロック・ギタリスト達が彼の曲をカバーし、
彼等のギタースタイルに彼のスタイルを取り入れられたことで見事に復活を果たした。
このことが彼のことを新たに知ったブルース・ロック・ファンを生み出し、
そして1970年には白人であるレオン・ラッセルのShelter Recordsに移籍を果たした。
彼の最後のレコーディング契約は1974年のRSO Recordsとのものだった。
この頃から彼はブルースよりもファンクやロックを積極的に取り入れようとしたが、
ギターは依然として粋でしかも豪快なまさしく彼そのものだった。
1976年12月29日出血性の潰瘍と心臓麻痺の為、わずか42歳という若さで亡くなった。
とまぁ、全然知られていない彼の足跡を短く書いてみた。

私が初めて彼の歌を聞いたのは今から30年も前の話。
当時、身も心も全部捧げていたレオン・ラッセルのレコード、何かないかと捜していて
偶然見つけた。「Texas Cannonball」というシェルターレコード移籍第2弾
(日本では第1弾)のレコードが最初だった。彼の弾いているギターから何匹ものアルマジロが
飛び出しているといったオシャレなレコードジャケットだったが、彼がレオン・ラッセルの
レーベルから出さなかったら今でも知らないブルースマンの1人だったに違いない。
その頃、名古屋でブルースのレコードといえばせいぜい5〜6枚あればいいとこで、
あっても大昔の人達のオムニバス版か民族音楽の教科書みたいなチンケなヤツばかり。
それがどうだ初めて聞いた彼のブルースときたらバリバリの現役、
全曲直球まっこう勝負じゃないか。私はすぐ彼にノメリ込んでいっだ。

がしかし如何せん、その頃の私のテクニックではギターも歌も当然まったく歯がたたず、
ただミ・テ・ル・ダ・ケの状態が続いた。それ以後結局都合4枚のレコードを買ったが、
相変わらずキ・イ・テ・ル・ダ・ケ・の眩しい存在だった。そんな私に転機が訪れたのは
アルマジロでのライブでの折、何気なく8ビートの「Dust My Broom」という曲を取り上げたら、
これが思った以上にいい出来だった。それ以来彼の歌は身近な存在になった。
それからというもの「Walking by Myself」「Send Me Someone to Love」とか、
今では研チャンが歌ってる曲を次々取り上げ、最後にオーティスのY君が
「GETTING READY」という移籍第1弾アルバムに収録されている「Same Old Blues」
という曲を自分の持ち歌にしてGOBとしてはビンゴと相成った。
余談だが、彼の歌はよっぽど難しいのか他のバンドで彼のブルースをヤッてるのを
今だに聞いたことがない。「何でまた」と思ってしまう。

私と彼との強く強く結ばれた赤い糸のエピソードを2題。
大昔、Same Old Bluesを演ろうと秘かにコードをトッた(今でもその楽譜は
大事に持っている)ことがあった。所変わってあるライブの前の練習の時、
私が「Y君今度何歌う」と聞いたら「何にしようかな、Gのスローブルースでいいや」とのお答。
「フーン(もうコードは分かったという意味)、で何ていう曲?」「フレディー・キングの
Same Old Blues」というじゃない。私の反応といったら、それならコードは知ってるとばかりに
勇んでY君にコードを披露した。しかし結果は彼の探したコードとはだいぶ違ってた。
彼の探したコードはイントロからそれはもう完璧だった。そういうことってあるよねY君。

それ以来、この曲は私の手元を離れて彼のオハコになってしまった。
それともう1つ。私はDust My Broomという曲を30年ちかく歌ってる。
がしかし、私はもちろん楽譜は読めないし専門用語も知らない。
やれ8ビートだのブギだシャフルだといわれても何のことか皆目判らない。で
もエルモアのブルースと言われれば完璧なほどに反応できる。
あのスライドギターで始まるあの感じのブルース。でも私の場合、エルモアのブルースの
ままではダメだと早速結論。何故ならGOBにはベースもドラムもいないから。
困っているとアコスティックギター1本のフレディーバージョンを見つけてすんなり解決。
それ以来、愛情を傾けてずっと熱唱しているがイッコウに上手くならないのはどうした訳なの。

イマイチ評価されてない彼だが、私から言わせると彼は突然の他界がなければ
間違いなくブルース界を背負って立つ偉大なリーダーになっていたはず。
今でこそブルース界の大御所として君臨しているB.B.KINGだが、
彼はただ長生きしたからそうなっただけ。ギターも歌もフレディーの方が
1枚も2枚も上(B.B.の弾くブルースはもったいぶったブルース、まさしくコテコテの
演歌歌手のブルースだ。それに比べてフレディーの弾くブルースは考える前に
自然に動いて情熱がほとばしっている、まさしくブルース即興詩人のブルースだ)。
しかし彼のファンを自認している私だがCD以外には彼の動く姿を写したビデオも
何にも持ってない。でも心の中では今でも、噴き出す汗をもろともせず
テキサスブルースの神髄をこれでもかと言わんばかりに豪快にかき鳴らす
彼の姿がはっきりと浮かんでくる。

BEST ALBUM:Getting Ready
●Released in 1971●Produced By Leon Russell & Don Nix●Label: Shelter Records
1. Same Old Blues  2. Dust My Broom 3. Worried Life Blues 4. Five Long Years
5. Key to the Highway 6. Going Down 7. Living on the Highway 
8. Walking by Myself 9. Tore Down 10. Palace of the King  
11. Gimme Some Lovin' Bonus Track 12. Send Me Someone to Love

BIN'S SPECIAL

Texas Cannonball(1972)
イチオシは「Can't Trust Your Neighbor」というスローブルース。
ライブでやろうと私としては珍しくスタジオで練習したがやっぱりダメだった。

Woman Across the River(1973)
聞けばすぐ判るレオン・ラッセルのピアノの音がかっこいい。
「You Don't Have to Go」歌えないけど好きだな。

Burglar(1974)
これぞファンキーブルース「Texas Flyer」
ココまでくるともう誰にも真似できない。
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写真1:フレディー・キング
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by tomhana193 | 2005-12-20 10:35


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